イギリスでは社会人類学を 〔イギリス・社会人類学・文化〕
文化人類学の一分野とはみなさず、考古学、言語学などを含めるアメリカの文化人類学とは異なる独立の学問と考えられている。
心理人類学も含まれていない。
イギリスでは文化人類学という名称を使わず、社会人類学を独立の学名としている。
しかし1970年以降は、この英米の用語の違いは厳密ではなくなっている。
ドイツ・オーストリアでは、人類学という学問は形質人類学だけをさし、文化面を扱うものとして民族学が置かれている。
この民族学は歴史的研究を中心にしているので、先史考古学を含んでいる。
当初ドイツ・オーストリアの学問の影響の強かった日本では、人類学と民族学を二分して、「日本人類学会」と「日本民族学会」という二つの学会が生まれ、これは現在まで続いている。
しかし研究内容としては、戦後にアメリカの文化人類学、イギリスやフランスの社会人類学が導入され、異なる見方が共存している。
文化人類学の研究法は簡単にいえば現地調査法と比較研究法からなるといえる。
本格的な現地調査は20世紀初めにマリノフスキーとラドクリフ・ブラウンによって始められた。
彼らによって機能主義が唱えられ、それ以前の進化主義的人類学は衰退した。
機能主義は比較的最近まで支配的であったが、フランスのレビ・ストロースの構造主義が1949年以降学界に登場して以来、イギリス、アメリカの文化人類学もその影響を受けるようになった。
文化人類学は方法論的に二つの相反する流れに分けることができる。
一つは、とくにアメリカにおける科学主義的、普遍主義的アプローチで、これは生態人類学や交差文化的比較研究に顕著であり、法則を求める科学的方法を重視する。
もう一つは、文化人類学の人文学との接近を説き、分析や説明より、解釈を重んずる立場である。
法則を求めるのではなく、理解を目ざすべきであるとする。
心理人類学も含まれていない。
イギリスでは文化人類学という名称を使わず、社会人類学を独立の学名としている。
しかし1970年以降は、この英米の用語の違いは厳密ではなくなっている。
ドイツ・オーストリアでは、人類学という学問は形質人類学だけをさし、文化面を扱うものとして民族学が置かれている。
この民族学は歴史的研究を中心にしているので、先史考古学を含んでいる。
当初ドイツ・オーストリアの学問の影響の強かった日本では、人類学と民族学を二分して、「日本人類学会」と「日本民族学会」という二つの学会が生まれ、これは現在まで続いている。
しかし研究内容としては、戦後にアメリカの文化人類学、イギリスやフランスの社会人類学が導入され、異なる見方が共存している。
文化人類学の研究法は簡単にいえば現地調査法と比較研究法からなるといえる。
本格的な現地調査は20世紀初めにマリノフスキーとラドクリフ・ブラウンによって始められた。
彼らによって機能主義が唱えられ、それ以前の進化主義的人類学は衰退した。
機能主義は比較的最近まで支配的であったが、フランスのレビ・ストロースの構造主義が1949年以降学界に登場して以来、イギリス、アメリカの文化人類学もその影響を受けるようになった。
文化人類学は方法論的に二つの相反する流れに分けることができる。
一つは、とくにアメリカにおける科学主義的、普遍主義的アプローチで、これは生態人類学や交差文化的比較研究に顕著であり、法則を求める科学的方法を重視する。
もう一つは、文化人類学の人文学との接近を説き、分析や説明より、解釈を重んずる立場である。
法則を求めるのではなく、理解を目ざすべきであるとする。
update:2010年03月16日
